2021年「国際ジェンダー学会研究活動奨励賞」研究活動報告書

1.提出日:2022531

2.提出者氏名:大野恵理

 

5.研究活動報告

 2021年度、「移住女性の再生産労働と『住民』としての承認-妊娠・出産に着目して」というテーマの下、移住女性の妊娠・出産が、いかに移住女性間に階層分化をもたらしながら、誰を「住民」と承認するかという政策的意図と結びついているかを明らかにしようとしてきた。年間を通しコロナ禍により制限された研究活動ではあったが、文献調査の他にも、感染状況を確認しながら慎重に活動の範囲を広げ、現地調査や対面でのインタビュー調査を実施することができた。またオンライン上のツールを活用し、オンラインでの聞き取りを継続的に実施した。

まず文献による研究をすすめ、主に新聞やウェブサイト上の報道資料の収集を行い、現在進行形で生じていた技能実習生の妊娠・出産の報道内容を把握した。またコロナ禍における調査手法の再検討や諸外国の結婚移民の家族形成と政策関連について整理を行った。

次に、感染対策に十分留意しながら、調査協力先の理解を得た上で、現地調査やインタビュー調査を実施した。技能実習生への支援を行う民間組織の協力により、スノーボール式に聞き取り調査を行い、技能実習生及び「特定技能」資格を持つ女性、監理団体で働くベトナム人女性に対し、半構造化インタビューを複数回実施した。また同様に、新潟市内における予備的調査も実施した。資料収集や聞き取りを通して、新潟市内や近隣の市町村では水産加工業や食品加工工場、繊維産業において多くのベトナム人女性技能実習生が働いていることが分かった。また自治体における外国人住民の労働や婚姻状況、妊娠・出産の状況と支援事業を把握するとともに、草の根の支援団体による支援実態等についても調査を実施した。

 そしてオンライン上で、妊娠中のベトナム人結婚移民女性と継続的(出産まで約4か月間)に連絡をとりながら、行政の支援利用の選択局面と理由、それに関連し、病院や支援における外国人妊産婦の孤立などを定期的に聞き取り、当事者の視点に拠りながら把握することができた。その中で、孤立しがちな女性たちにとって、ヴァーチャル空間に広がる日本在住のベトナム女性によるSNSグループが、信頼できる情報源として利用されている実態が明らかとなった。

現在、これらの調査資料やデータの分析をすすめており、暫定的ではあるが、移住女性が公的な婚姻制度の内と外にあるのか、また一時的な移住労働者なのか長期的に居住する結婚移民なのかによって、行政の制度へのアクセスや利用、選択の状況は異なっていることが分かった。しかしながら、移住女性間にいかに階層分化をもたらしているかという問いは、むしろミクロなレベルでは、世代や立場の違いを越えた協力や、オンライン上での物理的な距離を越えた自助ネットワークが見られもし、今後さらなる検討が必要である。また同時に、移住女性の妊娠・出産が「住民」としての承認にいかにつながるのかという点も、さらに分析をすすめ、2022年度内に学会報告を行い、それをもとに論文の投稿を計画している。

 

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1.提出日:2022530

 

2.提出者氏名:小野道子

 

5.研究活動報告

 調査研究活動支援金は、博士論文の最終版作成とその後の研究活動の継続のために使わせていただいた。国際ジェンダー学会研究活動奨励賞に応募した時期は、パキスタンのシンド州都カラーチー市の「路上」で物売りや物乞いを行う「ベンガリー」(バングラデシュ出身のベンガル人およびミャンマー・アラカン地方出身のバルミー/ロヒンギャ、主に無国籍状態にある人々)の女の子たちと、彼女たちに同行する母親たちが「路上」に出てくることを余儀なくされる理由について、「人間の安全保障」の視点から考察する博士論文を執筆中であった。日本学術振興会特別研究員(DC2)の任期が終了し、研究費も途絶え、非常勤講師や研修講師などの収入しかなかったため、書籍を購入するための研究資金も十分でなかったところ、国際ジェンダー学会の奨励賞をいただくことができて、大変ありがたかった。

 2021年度前半に、博士論文を提出し、博士号を取得することができた。博士論文では、カラーチーのD地区の「路上」を事例に、「ベンガリー」の女の子や母親たちが貧困や生活困窮という理由によってのみ「路上」に出てくるのではなく、「路上」に自らの居場所=「安全共同体」を作り出している側面があることを描き出した。D地区のマーケットの一角は、外部者からすれば「路上」と呼ぶべき場所であるものの、当事者たちには「路上」という認識はなく、固有名詞で呼ばれる集いの場である。女の子が外で遊んだり女性が外出することが容易ではない社会において、IDカードもない無国籍状態として暮らす彼女たちにとっては、家や地域は必ずしも安全・安心な居場所ではない。従来の「人間の安全保障」研究においては、脅威や不安全が着目されることが多かったが、彼女たち自身が安全や安心をどのように捉えているのか、インタビュー調査を実施し、人間の安全保障が国家によって作られるものではなく、人々が自ら作り出すものであることを明らかにした。

 博士論文提出後は、東京大学大学院総合文化研究科学術研究員として、博士論文の出版に向けて刊行助成金に応募するために論文の改訂作業を行った。改訂原稿を作成するための補足調査を実施するために、調査研究活動支援金を用いて、パキスタンのカラーチー市で調査を行う予定であったが、渡航を予定していた時期に日本および現地でのコロナ感染症が拡大し、現地の学校も休校になるなど渡航が難しい状況になってしまったため、海外調査を断念した。

 いただいた調査研究活動支援金は、現地調査の実施費用の代わりに、書籍購入、博士論文の改訂原稿を作成するにあたってコメントを依頼するための原稿や論文資料の複写費用、大学図書館で研究を行うための旅費、学会費用に充てさせていただいた。研究期間における主な成果物としては、①「パキスタンの「ベンガリー」の子どもたちと教育―ノンフォーマル小学校での学び」(書籍『教育から見る南アジア社会-交錯する機会と苦悩-20224月 玉川大学出版部 第1部第3章)、②「無国籍の子どもの教育〜カラーチーのロヒンギャの子どもたち〜」(東京大学大学院総合文化研究科グローバル地域研究機構南アジア研究センター<映像でみる南アジアの教育―教育熱の高まりと社会変化(4)>に収録、HPに掲載 http://www.tindas.c.u-tokyo.ac.jp/outcome.html)の他、日本バングラデシュ協会メールマガジン99号(20224月発行)に「イスラマバードに住むチャクマ王国のプリンセス-Rajkumari Troya Triveni Royさんの語り-」を寄稿した。

 調査研究活動支援金をいただいたことで、研究費用についての心配が減ったことはもちろん、外部支援金を得たことは精神的に大きなサポートになった。調査研究活動支援金を使わせていただいて提出することができた博士論文やその後の研究については、今後のジェンダー学会での発表や国際ジェンダー学会誌に論文を投稿させていただくことで、成果を公表していきたい。 

 

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1.提出日:2022527

2.提出者氏名:陳予茜

 

5.研究活動報告

 本研究は2019年、2020年、2021年、3年をかけて調査を実施したが、2020年と2021年の調査はコロナ禍で現地に渡航することが困難であったため、メッセンジャーアプリWechatのビデオ通話を利用し、オンラインで実施した。    

調査対象者はスノーボール・サンプリングによって選定し、調査時に中国の沿海部にある浙江省紹興市に在住する40名の一人っ子女性から協力を得た。2021年の調査は、主に一人っ子女性の子育ての実態、および子育ての過程のなかで母親と形成した関係性を中心に聞き取りをした。

調査データの分析を通して現時点では以下のことが明らかになった。

まず40名の調査対象は全員母親から育児の援助を得ており、母親が対象者の育児に関わっていることがわかった。しかも母親は先行研究が指摘したように娘の育児のサポーター、つまり周縁的な存在だけではなく、母親は自分が持つ経済資源と物質資源、およびこれまでに娘と結んだ親密性によって、娘(夫婦)の育児に意見を言いだしたり、不満を持ったり、いわゆる発言権を持つようになった。こうした母娘の関係性により、本研究は育児における一人っ子女性と母親の関係性を四つのタイプに分類した。それぞれは、「娘が主導で、母親が協力する」「母親が主導で、娘が協力する」「母娘はそれぞれ自分のやり方でする」「母娘は話し合いながら、意見を交換する」である。

タイプ1の「娘が主導で、母親が協力する」に分類された対象者は、計11名であり、彼女たちは普段SNSや書籍などの媒体を通じて、専門家と思われる人たちが発信する育児情報を入手している。他方で、対象者の母親は対象者をちゃんと育てたことを根拠として、自分の経験による育児は間違っていないと主張しており、母娘の間に競争関係がみられた。このような母娘の関係性に対して、タイプ1の対象者は自分が受けた教育と、自分は子どもの母親であるという二つの側面を強調し、この二つの側面を強調することを通して、自分が育児に対して発言権を持っていることの正当性を示した。

タイプ2の「母親が主導で、娘が協力する」に分類された対象者は、4名である。このタイプの対象者は母親に依存する、あるいは母親の苦労を理解する傾向にあることが確認できた。またタイプ1の対象者とは違い、タイプ2の対象者は本人の母親である属性を自分の優位性を示すものとして使うのではなく、母親の犠牲や苦労を理解させてくれるものとして位置づけている。彼女たちは母親に強い信頼感を抱き、母親との関係性が親密である。

タイプ3の「母娘はそれぞれ自分のやり方でする」に分類された10名の対象者は、資源とサポートを提供してくれる母親は発言権を持つべきであると思いつつ、自分は母親の子育て方に従うことはしない。彼女たちは自分のやり方を放棄せず、貫いている。そうすることで、母親の影響力を弱めさせている。

タイプ4の「母娘は話し合いながら、意見を交換する」に分類された対象者は計7名で、彼女たちは四つのタイプのなかで母親との衝突が最も少ないグループである。このタイプの母親たちは対象者と同様に育児情報の収集が得意で、科学育児に熱心である。つまり母親は対象者に自分が時代遅れになっていないことをアピールすることによって、対象者に安心感を与えようとしている。

以上のような分析結果によって、育児における母娘の役割と地位は必ずしも母親が協力的で、周縁的であり、娘が主導的で、中心的であるとは限らないことも検証された。母娘の両方は子ども(孫)がよい生活とよい教育を受けられるようと意見をぶつけたり、調整したりしていることがわかった。このような研究成果を踏まえて、今後は一人っ子女性と母親がそれぞれ「科学育児」と「経験育児」に対する態度と捉え方を考察、母娘の関係性をより全面的に考察したい。

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