2020年「国際ジェンダー学会研究活動奨励賞」研究活動報告書

1.提出日:20211226

2.提出者氏名:髙橋香苗

 

5.研究活動報告

 2019年、女性が職場でハイヒールの着用を求められることに対する抗議運動、いわゆる#KuTooが起こった。この抗議運動をめぐって、しばしばハイヒールの着用は社会通念であるという言及がされてきた。しかしながら、ハイヒールの着用に代表されるような職場における女性の服装に関する社会通念がどのように形成されてきたのかということについて、これまであまり焦点が当てられてこなかったという現状がある。職場における女性の服装規範はどのように成立し、拡散、共有、変容してきたのだろうか。こうした問題意識から、本研究は歴史資料として働く女性を読者に想定する雑誌を分析することを通じて、女性の職場における服装規範に関する言説の展開について探ることを目的とした。これまでの作業としては、講談社から1955年に創刊され、1982年に休刊した女性雑誌『若い女性』の誌面のうち、見出しに「通勤」や「BG(ビジネスガール)」といった言葉を含む職場におけるファッションを主題とする記事を収集して分析をおこなった。

 これまでの作業を通じて『若い女性』からわかったことは、女性の職場におけるファッションには、職場の花としての男性うけと社会人としての矜持の表現という二つの期待があったということである。

 創刊1年目から休刊までの期間を5年ごとにみていくと、まず、創刊1年目は、「ラベンダー色の化繊ソフト・メルトンで作った上品なトッパー・ラベルから自然に折り返った前はボタンなしのつき合わせで、巾広い箱ポケットがアクセントになっています。(195510月号p.98)」といった記述のように、テキストは素材やデザインといった衣服の作り方に重きが置かれた記述が中心で、画像表現では職場で働くイメージが描かれていた。

 創刊5年目でもテキストの傾向は変わらず、衣服の素材などに関する説明が中心であった。一方で創刊年とは異なり、画像表現では勤務や通勤のイメージが必ずしも描かれているわけではなく、働くイメージが曖昧であることが指摘できる。

 創刊10年目になると、男性うけという志向が徐々に目立つようになる。1月号の「オフィスで着る服」はその例で、「男性に絶対うける落ち着いたこけ色は、フラノ。(19641月号p.58)」といったように、男性からの評価を意識させるような記述があった。またストーリー仕立てで1週間分のコーディネートを提案する記事があるものの、そのストーリーでは具体的な仕事のイメージが描かれていないことが指摘できる。

 創刊15年目の頃には、毎号で通勤服の記事が組まれるようになっていく。この頃になると、一週間のコーディネート提案記事のストーリーにおいて、「会議の進行」「キビキビと仕事をさばく」(1964年月6pp.54-55)といった記述がされるようになり、仕事のイメージが具体化されている。画像表現においても通勤中や仕事中を想起させる演出がされるようになり、働くイメージが徐々に明確化していることが指摘できる。職場でのエチケットを解説する記事においては、職場で服装に気を配らないのも、派手なメイクや衣服も男性うけが悪いといった記述があり、「いつも変わらぬいぶし銀のような美しさで、男子社員のイライラした精神をまろやかにし、外にたいしては、企業イメージのよきにない手であること。」というおしゃれのエチケットが語られていた(19643月号p.144)。こうした男性うけ志向の強調は創刊20年目、25年目にも継続してみられた。

 創刊25年目の記事に注目すると、女性たちは職場で異なる期待の間で揺れ動かされていたことが示唆される。19793月号の新社会人向けの記事には「やはり男性は一緒に連れて歩ける女、を好ましいと思うんじゃないですか。」という語りがある一方で「会社の一員であるという責任とプライドは必要ですね。」という語りがあった(19793月号pp.70-98)。このような記事からは、職場の花として女性らしさや男性うけが重要である一方で、社会人としての責任感や矜持も求められていたことが示唆される。

 休刊年になると、ファッションの場面よりもアイテムにフォーカスする記事が多くなり、職場のファッションを中心にした記事は少ないといえる。職場でのタブーを特集した記事では、流行に無関心な人は男性に敬遠されるが、仕事への意欲がファッションを通じて感じられることも必要だと語られるなど、ここでも仕事に対する責任感と男性にうけるおしゃれという異なる二つの期待があることが指摘できる。

 『若い女性』を通じて1950年代から1980年代の働く女性たちのファッションを検討した結果、男性に気に入られる女性であることと仕事への意欲を表現することという二つの期待があったことがわかった。もちろん、上述した内容は暫定的な結果である。今後は、分析を精緻なものにしつつ、研究成果として発表していくことを予定している。また1980年代以降の様相を捉えるために別の雑誌も使った分析にも取り組みたいと考えている。

 

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1.提出日:20211230

2.提出者氏名:福永玄弥

 

5.研究活動報告

【研究活動報告の要約】

大韓民国の軍隊における同性愛の処遇に焦点を当て、その歴史的変化や、変化を促進した背景を考察した。

 

【明らかになったこと】

日本植民統治からの解放後、朝鮮戦争を契機に冷戦体制に組み込まれた韓国では、軍事主義が独裁体制を正当化した。冷戦状況への対応と安全保障の要請から1949年に導入された徴兵制(1951年運用開始)は、国籍を持つ男子を兵士につくりかえるとともに国家のために命をも犠牲にする〈国民〉を再生産する政治制度であった。兵役を完遂した軍畢男性は、労働倫理や社交能力や一般常識を備えた成人男性として承認され、男同士の絆や連帯をつうじて公的領域すなわち男社会への参入を歓迎された。

だが、男子徴兵制は国籍を持つすべての戸籍上の男性を徴集したわけではなかった。兵役判定時に実施される徴兵検査をまとめた規則(「兵役判定身体検査等検査規則」)は、身体や精神の疾病を詳細に分類して兵役に不適切な男性を抽出した。そして兵役に不適切とみなした男性にはその逸脱度に応じて異なる劣位カテゴリーを付与した。一部には「代替役」として銃後の任務を課し、残りの男性は兵役から完全に排除した。韓国社会において国籍を持つすべての男性は国防の義務を課され、社会生活を営むにあたって軍畢者であることが期待されるため、「軍畢」カテゴリーからの排除は男性として得られるはずの利益から疎外されることを意味した。そして、国家に貢献する男性を献身的に支える役割を女性に課すことを目的に、女性を私的領域へ配置するためのさまざまな政策や施策が儒教規範と結びついて冷戦期に推進された。

本研究では、徴兵検査の疾病分類のなかでも陰茎と睾丸の状態、勃起や生殖に関する機能や能力、インターセックスやトランスジェンダーや同性愛に関する規定を詳しく検討した。これらの作業から、冷戦体制下で韓国社会に定着した徴兵制は、生殖すなわち〈国民〉の再生産が不可能であると判断した男性を国防に不適切な身体とみなしていることが明らかになった。徴兵制は、生殖に寄与しないとみなされた男性を病理化して規範的外部へ排除することをつうじて、シスジェンダーで、ヘテロセクシュアルで、生殖可能な男性身体を〈正常な男性〉とする規範を形成、保持してきたのである。

男性同性愛者やトランスジェンダーやインターセックスと判定された身体は、軍隊という国家機構をつうじてスティグマ化され、差別の対象とされた。このように軍事主義と結びついた性的少数者に対する差別的な制度は、米国の安全保障の保護のもとアジアで特権的なポジションを占めた日本にはみられないものであった。ポスト冷戦期の韓国で発展したバックラッシュにおける「反同性愛」言説は、安全保障の論理や「亡国」といったナショナルな表現をともなって同性愛者(とりわけゲイ男性)を「国家の敵/公敵」として他者化したが、このような言説が保守の市民連合を促進する言説資源として流通した背景には、冷戦期の軍事主義とその中核的な政策として位置づけられた男子徴兵制との関わりが強くあると指摘することができる。

しかし2009年には国防部が「同性愛者の兵士の人権保護」を含む部隊管理訓令を公布した。国防部がこのような「ゲイフレンドリー」な方針を打ち出した背景として、軍内部の人権侵害が2000年代に入ってから性的少数者運動や進歩派メディアによる告発をつうじて社会で可視化されたこと、そしてこれらの告発が国家人権委員会や国際NGOや国連といった国内外の政治組織によって正当性を付与されたことが重要である。その結果、カミングアウトした同性愛者の兵士を軍隊に歓迎する方針が打ち出されたのである。

グローバル冷戦が終わりを迎えた現在も朝鮮戦争の終結が宣言されず、北朝鮮との緊張状態が断続的に可視化される韓国社会において、保守派は同性愛者を国家や軍事力を内側から蝕むナショナルな敵として他者化する言説をつうじて大韓民国ナショナリズムの増強を試みてきた。ポスト冷戦期の韓国では軍事主義の残滓が、軍隊における同性愛に対するスティグマを保持する重要な背景になっている。すなわち、軍隊における同性愛の処遇は、性的少数者運動と保守のバックラッシュとの間できわめて論争的な政治イシューとなっていると結論づけることができる。

 

【成果】

 本研究の成果は以下の3点で公表した。

 

1. 福永玄弥, 近刊,「冷戦体制と軍事化されたマスキュリニティ——台湾と韓国の徴兵制を事例に」小浜正子編『東アジアジェンダー史論文集(タイトル未定)』京都大学出版会, 頁数未定.

 

2. 福永玄弥, 2021a,「ポスト冷戦期東アジアにおけるセクシュアリティの政治——台湾と韓国の事例から」東京大学大学院総合文化研究科2021年度博士論文(20221月最終審査予定).

 

3. 福永玄弥, 2021b,「東アジアのクィア・アクティヴィズム——安全空間不適切身体(ピョン・ヒスさんを追悼して)」出版舎ジグhttps://jig-jig.com/serialization/fukunaga-quaia-activism/fukunaga_extra/?fbclid=IwAR2vFaHtRdtkCTlXGsMTPZ5lPUzGTPSJlbi8bBGidetRYHvg1a0jvOOK2Wo.

以上


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1.提出日:20211117

2.提出者氏名:李 亜姣(リ アコウ)

 

5.研究活動報告

20207月から8月にかけて、インターネットを通して資料・書籍を調べて、関連情報・論文を収集したり、理論部分についての議論を精読・レビューしたりした。

コロナ禍により、中国の上海、北京などの大都市を中心にフィールドワーク調査を行うことはできなかったにもかかわらず、後で無事にオンライン・インタビューに切り替えることができた。202097日~20日、1119日、1125日、夫の債務に巻き込まれた女性13名、親戚1名を対象に、半構造インタビューを実施し、負債の経緯、婚姻状況、財産状況、子供等について聞き取りをオンラインで行った。また、「24条公益グループ」のリーダーの一人を対象に、インタビューを実施し、政策提言活動(擬似ロビー活動)や「民間貸借」について聞き取りをオンラインで行った。

また、2020117日、中央大学(オンライン)で開催されたアジア政経学会2020年度秋季大会の自由論題4「中国の社会」で「中国土地金融化による収奪――農嫁女から負債女へ」というタイトルの報告をした。本報告は、中国の都市部における女性の負債問題に焦点を当てて、オンライン・インタビュー調査のデータに基づいてその現状と原因を整理した。土地金融化と債務者の関係、金融システム・リスクを防ぐバッファ―としての家族主義、メゾレベルの視点、リスクバッファ―の役割から逃れる道筋等について質問が出された。

202012月から20212月にかけて、テープ起こし、資料整理を行った。20213月から7月まで、中国の信用市場では女性が排除されるかどうかを解明するために、判決文から失踪した夫/妻の貸借の経緯、財産状況、就労状況についての情報を読み取り、初歩のジェンダー比較を行った。

2022年度の国際ジェンダー学会大会で研究内容を発表する予定である。その後、頂いたコメントを踏まえた上で、「土地金融化による収奪――中国都市中間階級女性の負債事例分析を中心に」を国際フェミニスト経済学会の学会誌The Journal of Feminist Economicsへ投稿する予定である。

 

 

 


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